前回に引き続き、死生観アンケートで寄せられた各人の死生観についてをお届けします。
■50 代・ネパール在住
5、6歳、母に親戚の人が亡くなった時に人間は死ぬという事を教わった。
宗教は信用していない。今のは本物の宗教ではないと思う。
自分が読んでいた本で学んだ。なんで死ななければならないという事が今でも不思議。
ヒンズーではアートマは不滅と言われているけれど、「私」はいつまでも生きていると思う。
転生があるかどうかは一切わからない。サムサカーラがあるから今の生活があると信じている。
ネパールでは、多くの人が信じているのは、身体は灰になっても来生を信じているが、それを知らない人も多い。
死んだら終わりと思っている人も、来世があると思う人も多い。
■50 代・千葉県在住
11~12歳頃に(おそらくは)テレビを通じて、その他には本を読んで死というものを学んだ。
当時は空前のオカルトブームで本かテレビで体の中には魂というものがあって、死んだあとでもその魂は残るらしい。
共同体(集落、村、一族)における死生観といういみであれば、そうした事で知っている事は一切無い。
生まれ育った環境は、高度成長期の核家族家庭であり「共同体」とは無縁であるばかりか、親戚付き合いもほぼ皆無。
過去~現在の職場で死生観が話し合われる事も、ほぼ皆無。亡父に墓について調べてくれといわれて調べたことがあります。
そこで得た私見ですが、墓地は共同体(墓守)とセットで、初めて意味を持つのだなと強く思いました。
共同体は日常世界という現実的な「幅」の場(陽宅)。墓地は先祖とのつながりを維持する「奥行き」の場(陰宅)。
アンケートにも書きましたが、共同体とのつながりをとうの昔に失ってしまっているぼくは、また新たな死生観を独力で構築しなければならないと思っています。
亡父は当人の意志で東京湾に散骨。分骨したわずかな遺骨は母親のいるマンションの仏壇に鎮座。さらに少量の粉は妹のペンダントの中。うちに墓というものはありません。
宗教、坊主、葬式仏教の儀式、寺が大嫌いな父の遺志です。母親も父と同じにしてほしいといいます。
ぼく自身は、残された小さな墓の墓守として、これからどうしていくか……悩ましいところです。(ていうほど悩んでいなくて、気楽にかまえている自分もいるのですがね(笑)。
■40 代・東京都在住
3 歳ごろに身内が亡くなったとき。親(祖父の死のとき)に肉体がなくなり天にかえる(納骨のときの話)と教わった。
自分自身が 5 歳のときに危篤状態になり、白いお花畑に行って白い髪の長い女の人と話をして戻されたこともあり、自然とあの世という物があるんだと認識していました。
大人になって、友人が亡くなった後に、花の香りをまとって家の電化製品をビシバシと音を立てて挨拶しに来てくれた時に死後の世界であの世へ行くまでの間の期間があって、ちゃんと行きたいところへ挨拶に行くことができるんだと分かった。(私だけではなく、複数人の所へ挨拶に行っていたらしい。)
その子が家に居る(亡くなった後)気配や、お供えしたお酒などをちゃんと飲んでいるのよとお母さまが語ってらっしゃったので普通にあの世や亡くなった後のことを話せる人もいるのだと少しびっくりしたが、家族の繋がりの深さを感じた。
■50 代・東京都在住
4~6 歳ごろに本や雑誌、テレビを通じて動物の師、両親と京都に行ってお墓を見た(どれが最初かは不明です)
最初かどうか不明ですが、記憶にあるインパクトの大きいものとしてイザナギ、イザナミの神話についての絵本。
死後には黄泉の国に行く。死後の世界がある。
信仰や寺院との普段のお付き合いはありませんが、自宅や実家には仏壇があり、葬儀は仏教で行っています。
実家も婚家も曹洞宗ですが、宗旨に触れる機会は今までありません。都会の日本人に最も多いパターンかと思います。
出生から現在まで、数年京都で生活しましたが、それ以外、住まい、学校、職場などはすべて東京都内です。
自分の周囲の家族や友人に着いて、死後の世界があることや、臨死体験の話によくある、川、お花畑の話などを何となく受け入れているが、確信はないと考えている人が多いように感じます。
そのような考えを醸成する体験として、身内の死のときに周囲から話を聞かされたり(幼少期)、小説やアニメ等の影響も大きいと思います。
キリスト教(プロテスタントメソジスト)の学校に通いましたが、キリスト教の授業や礼拝のお話しなどは死生観に通じるものは少なく、むしろ生きる態度のようなものに重点が置かれていたと感じます。
私自身は、子供の頃に身内の死を体験せずに育ち、24 歳で親しい友人を 27 歳で父を亡くしたことが、死について考える大きなきっかけになっています。
自分の死生観は、その後の読書や(少し)睡眠時の夢などによって作られていると思います。
影響を受けている本は村上春樹氏、吉本ばなな氏の一連の小説や作品や、ノンフィクションだと、立花隆さんの「臨死体験」、ブライアン.L.ワイス博士の「前世療法」など一連の著書などから入り、現在は様々なジャンルの死にまつわる情報を本などから得ています。
こうして見てみると国や地域に共通するものが見えるように感じました。
次回は日本各地の風習についてお届けします。